「大阪で好まれる味を知らねば、大阪で認められるスイーツ開発はできないぞ!」
会議室に声が鳴り響く。
俺の名は成田竜。通称ドラゴン。
「モンテール 大阪発スイーツ開発部」のリーダーだ。
大阪には美味いものがたくさんある。
その大阪で 受け入れられるスイーツを開発することこそが、この俺率いる開発部のミッション。
今はそのための会議の真っ最中 。
「大阪で好まれる味かあ・・・。チーズケーキとか、ワッフルとか・・・?」
井根がつぶやく。頭の中はお菓子でいっぱい、チーム最年少のパティシエだ。
すかさずチーム最年長の鈴木課長が答える。
「もちろんそれらもそうだが、一度『スイーツ』という枠にとらわれずに考えてみてもいいと思う。大阪の食全体を研究し、その上であらためてスイーツに戻るというアプローチも必要じゃないだろうか。なにせ今回は全社を挙げてのプロジェクトだからな」
さすがベテラン。説得力が違う。
「わ、私もそう思います」
・・・って感心してる場合じゃない。リーダーは俺だ。
「スイーツという枠にとらわれず、か。
りゅう、具体的にはなんだと思う?
俺たちは手始めに何を研究すべきかな?」
田中先輩の一言に、チームの視線が一斉に俺に集まる。
そりゃ、たこ焼きだろう?
イカ焼きってのもあるな。
いや、串揚げ?
それとも、お好み焼きか?
いろいろなものが頭をよぎるが・・・!!
「大阪はやっぱり『おうどん』じゃないでしょうか!」
吉野 「ふーん、『おうどん』ね。なかなかいい目の付け所なんじゃない?『おうどん』は大阪で最も愛される食べ物のひとつよね」
田中 「確かに『おうどん』は大阪の人々の生活に溶け込んだ食べ物だと言えるね」
鈴木 「ああ。落語のネタで『時そば』ってのがあるが、これ、もともとは上方落語の『時うどん』という噺だってな。関東の人間にとっての“そば”と同じくらい、大阪の人々にとって『おうどん』が身近だという証拠だな」
井根 「おうどん?
うどんのことですよね?うどんに“お”をつけるんですか?」
田中 「そうだね。おうどんだけじゃなく、芋のことを『おいもさん』、飴のことを『あめちゃん』とか、大阪では食べ物に“お”をつけたり、人格化したりする文化があるね」
鈴木 「 大阪ではそれだけ食べ物に愛やリスペクトを持ってるってことなんだろうね」
井根 「へえ~そうなんですか(^o^) 最初、鈴木課長や田中主任が食べ物に“お”をつけるの、ちょっと気になってたんですけど 、そういう理由があるんですね。 じゃあ、ワッフルは『おワッフル』、クレープは『おクレープ』になるのかな?」
一同 「 ・・・
なるワケないじゃん!!! 井根ちゃん (―_―)!!」
気をとりなおして 、やってきたのは大阪市内のおうどん屋さん。
まあ、ここはオーソドックスに「きつねうどん」といくか。
一口すすると・・・美味い! 大阪のおうどんはなぜこうもうまいのか。
うどんとだしのバランス良い味わいの中に、揚げの食感とジューシーさが絶妙に存在感を主張してくる。
井根さんも同じく「きつねうどん」。
田中先輩は・・・
井根 「田中先輩、それは?」
田中 「これ?『かちんうどん』さ。焼いたお餅が香ばしくてなかなか美味いよ」
なるほど、関東じゃ「力うどん」だけど、大阪じゃ「かちんうどん」になるのか。
常にアンテナを張って新しいものを探している田中先輩らしいチョイスだ。
で、えーと、吉野さんは・・・・
よ、吉野さん!何食べてるんですか!?
「え?たぬきそばやけど。美味しいよ」
さっき
「おうどんは大阪で最も愛される食べ物のひとつ」
って言ってたじゃないか(゜o゜;!?
ん?ちょっと待てよ。何かおかしい。
田中先輩もそう思ったようだ。
「それほんとうに『たぬきそば』なの?」
井根 「それ、『きつねそば』じゃないですか???」
確かにそうだ。「たぬきそば」っていうのは、これのことじゃないのか?
が、店の人に確認しても、「それは『たぬき』」との返事。
なぜだろう?
鈴木 「ひょっとしたら関東と大阪で呼び方が違うのかもしれないぞ。土産物としても有名な『豚まん』を関東では『肉まん』と呼ぶように・・・」
な、なるほど!でもなんでそうなんだろう?
気になるー!
一度気になると、とことんまで調べねば気がすまないのが俺、ドラゴンこと成田竜。
大阪のうどんに詳しい事情通に聞いてみた。
「関東では、うどんでもそばでも、油揚げがのっていれば『きつね』で、天かすの場合は『たぬき』と言いますね」
はい。そう思ってました。
「でも、大阪には『きつねそば』はありません。『きつね』はうどんで、『たぬき』はそばをさすんです 」
なんと!
「大阪でも関東でも、油揚げの乗ったうどんは『きつねうどん』 。この『きつねうどん』の『うどん』が『そば』に変わったとき、関東では『きつねそば』に、大阪では『きつね』の部分も変わり『たぬき』になってしまうのです」
そうなのか!びっくりだ。
でもなんでそうなんでしょうか?
「言われははっきりしないんですが・・・ 」
ふむふむ。
「大阪に『たぬき』という食べものがあるという情報が入ってきたのは、『きつねうどん』が十分に愛され、広まった後のことだったんです」
なるほど(・o・)! 大阪では『たぬき』が後だったんですか。
「そうです。すでに大阪では『きつねうどん』がスタンダードになっていたので、このように解釈されてしまったんです。『たぬき』は『きつね』に対比する言葉だから、『きつねうどん』のうどんの代わりにそばを入れたものだろう、と」
ははあ!そうなんですか!?
「数ある説のひとつなんですけどね」
『たぬき』が入ってきた時にすでに『きつねうどん』が十分に愛されていたから、解釈に違いが生まれた、ということか。
これはつまり、大阪がいかに『おうどん』を大切にしているかということのあらわれでもあるな、ウン。
こりゃひとつかしこくなった!
ということはこういうことになるのかな?
関東と大阪では、食べ物ひとつとってみても、文化が違うんだな。なるほどなるほど。
と、全員でうなずいていると、井根が鋭い指摘。
「で、この表を作ったのはいいんですけど、これ、『偉い人』にどう報告しましょう?」
ウープス!!!また夢中になりすぎたか!?